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東京家庭裁判所 平成2年(少)1529号 決定

少年 U・H(昭45.12.5生)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、

第1  業務として普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を運転し、平成元年10月30日午後0時ころ、通称船堀街道を○○方面から進行し、東京都江戸川区○○×丁目××番先の交差点を通称○○通り方面に向かって左折しようとしたが、このような場合、自動車運転者として、交差点の手前から予めできる限り道路の左側端に寄って進行するとともに、左後方の安全を確認して左折を開始し、もって事故の発生を未然に防止するべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、上記交差点の手前約16メートルの地点で自車の左側後写鏡を一暼しただけで左後方から進行する車両はないものと軽信し、以後左後方の安全を確認せず、かつ、道路の左側端に寄らないまま進行し、単に時速約10ないし15キロメートルに減速しただけで漫然と上記交差点での左折を開始した過失により、折から船堀街道の左側端を時速約45ないし50キロメートルで自車に後続進行してきたA(当時18歳)運転の自動二輪車を発見しないまま、上記交差点内で自車の左前部を同二輪車の左側面に衝突させて同人を路上に転倒させ、よって、同人に対し、加療約2か月間を要する左腓骨骨折等の傷害を負わせ、

第2  平成2年2月17日午後9時45分ころ、前同区○○×丁目××番地先の路上に駐車中の本件自動車内において、興奮、幻覚又は麻酔の作用を有する劇物であって政令で定めるトルエン約665ミリリットル(「コカコーラ」及び「リアルゴールド」の瓶各1本に入ったもの)をみだりに吸入する目的で所持し

たものである。

(事実認定の補足説明)

少年は、当庁家庭裁判所調査官による面接調査及び当審判廷において、前記第2の事実に係るトルエンの所持に対する吸入目的の意思の存在を否認し、同トルエンを購入後、同棲中の女友達であるB子(現在19歳)の意見を容れて有機溶剤の吸入をやめることを決意したが、同トルエンは自己が所有する本件自動車のトランク内に入れたままその存在を失念していたものであると弁解するが、上記トルエンは、上記事実の約1か月前である平成2年1月中旬に吸入目的で購入し、その後何回かにわたって吸入した残量であること、また、少年が中学校第1学年在籍中の昭和58年以降の長期間にわたって有機溶剤の吸入を断続的に行ってきたことはいずれも少年の自認するところであるうえ、少年の上記弁解のとおり、長期間にわたる有機溶剤の吸入と絶縁するという一大決心をしたというのであれば、それを廃棄せずに所持を継続したり、ましてや、その存在さえも失念するというのはいかにも不合理であるといわざるを得ず、少年が、上記事実の取調べに際し、司法警察員及び検察官のいずれに対しても同事実による検挙時点での吸入目的の存在を結局は自白したことを考え合わせると、少年が、仮に、上記弁解のとおり、B子の意見によって有機溶剤の吸入を当座自制する意思を有していたとしても、上記トルエンを廃棄せずに上記時点においてその所持を継続していた理由を求めれば、それは、少年が、いずれかの機会に吸入する意思を有し、その目的の下に出た行為であると認めるのが相当である。

(適用法令)

前記第1の事実について 刑法211条前段

前記第2の事実について 毒物及び劇物取締法24条の3、3条の3並びに同法施行令32条の2

(処遇の理由)

1  事案の概要

前記第1の非行は、少年が、初心運転者標識を購入するために本件自動車を運転して自動車用品店に向かう途中、前記のような態様の交通人身事故を惹起したもので、被害者においても、指定最高速度(40キロメートル毎時)をやや超過し、前方を走行中の上記自動車の動静注視を怠った落度が認められるものの、少年において、左折の合図を開始したのは前記交差点の手前約16メートルの地点であって、その点にも不適切な運転方法が認められるうえ、前記のとおりの経過によって前記二輪車の進路を遮って左折しようとしながら、左後方の安全確認を怠った過失は、被害者のそれに比しても大きいものというべきであり、上記事故の結果、被害者が入院を要する前記のとおりの傷害を負ったことに照らすと、責任保険金等によって示談が成立したことを考慮しても、少年の責任を軽視することはできない。

また、前記第2の非行は、少年が、暫く振りに有機溶剤の吸入を思い立ち、前記のとおり、平成2年1月中旬に自ら東京都内の新宿駅周辺に赴き、密売人から値引の申出を受けたこともあって約1リットルという大量のトルエンを全て自ら吸入する目的で購入し、その後何回かにわたって吸入したというものであり、その購入及び所持の量において看過しえない事案であるほか、前記のとおりの長期間にわたる少年の有機溶剤の吸入歴を考えると、その習癖化も大いに懸念されるところである。

2  少年の非行前歴

少年は、中学校第2学年在籍中の昭和60年1月の毒物及び劇物取締法違反、窃盗(自動車)並びに暴力行為等処罰に関する法律違反の各非行について、少年鑑別所送致決定を経て同年2月に保護観察決定を受けながら、同校第3学年に進級後の同年9月に犯した窃盗(自動二輪車)の非行について、同年12月に初等少年院送致決定(長期処遇)を受け、昭和61年9月に同少年院を仮退院した後、昭和62年2月及び3月の窃盗(万引)及び占有離脱物横領(原動機付自転車)の各非行について、少年鑑別所送致決定を経て補導委託による試験観察に付され、一旦その委託先を逃走しながら、再度別の委託先への補導委託による試験観察を続行されたにも拘らず、再度その委託先を逃走して同年7月に傷害の非行を惹起したため、上記窃盗及び占有離脱物横領の各非行と合わせて同年9月に中等少年院送致決定(長期処遇)を受け、東北少年院に収容されて職業訓練課程における処遇を施され、電気工事士等の資格を取得した一方、暴行等の反則行為もあって収容期間はやや長期化し、昭和63年9月に上記少年院を仮退院したにも拘らず、その直後の同年10月に毒物及び劇物取締法違反の非行を犯し、少年鑑別所送致決定を経て同年11月から在宅試験観察に付されたところ、その後、平成元年1月及び4月に同法違反(有機溶剤の吸入等)の非行を再発し、転職も多いなどの問題が認められたが、少年院仮退院中の保護観察以上の新たな処分の必要までは認められないとして、上記3件の同法違反の非行を併合したうえ、結局同年9月に別件保護中を理由とする不処分決定を受けた非行前歴を有し、現在においても上記保護観察が継続中である。

3  少年の最近の生活状況

少年は、前同年2月ころから特段の非行性の認められないB子とその父母宅である現住居において同棲生活を続ける一方、上記2の不処分決定を受けた当時は鳶職として稼働していたものであるが、その直後である同年10月から不良交友を再発して夜遊びを続ける中で怠業し、そのまま同年12月に退職して以降就労せず、同月末又は平成2年1月初めに自己の不注意から右手背部を骨折したためその後の就労は不可能であったとしながら、同月中旬には上記1のとおり有機溶剤の吸入を再発したばかりか、不良交友が続く中で外泊したり早朝に帰宅するなど遊興的な生活を送っており、上記保護観察に対しても、担当保護司宅への往訪状況及び面接内容等真摯な態度で臨んでいたとはいえない状況であった。

4  少年の性格等

少年は、知能的には中の下程度の段階にあり、性格的には、些細なことに拘泥して考え込むことが多く、そのために身体的変調を来すこともあり、そのような不安定な気分を解消するために、目先の欲求のままに行動しようとする傾向があり、欲求が充足されないと、周囲の者に対する羨望から被害感を持ちやすく、それらの人々の幸福をずるがしこい行動の結果と捉えるため、自己の前向きな努力への姿勢が生じにくい。また、他者に頼りたいとの気持は強いものの、他者から悪く評価されているとばかり考えて、相手の言動を素直に受け取ることができず、他者との心からの信頼に基づく関係を作ることは難しく、自己の行動を律することで相手との関係を維持、発展させようとする姿勢も生じにくいため、少数の好意的な相手に過剰な要求を押し付けやすいなどの特徴を有する。

5  少年の家庭環境

少年の実父は鳶職として、実母はそば店の店員として稼働して生計を維持しており、従前認められた実父の酒乱傾向及びそのことや少年の非行の頻発等による実母のノイローゼ状態はいずれも軽快の方向にあり、従前に比して家庭環境は改善に向かっていると認められ、また、少年の寄寓先であるB子の父母においても、少年の徒遊を困惑するほかは、少年を嫌悪するなどの緊張関係は存在しないものの、少年は実父母方には1過間に1度程度帰宅するだけであり、B子の父母も上記3のとおりの少年の行状を放置してきた経過に照らすと、いずれにおいても、既に19歳を迎えた少年の行動に対する監督能力について多くを期待することはできないものというべきである。

6  まとめ

上記1ないし5において指摘した諸点、特に、少年が、従前多数の非行を犯し、2度にわたる少年院での矯正教育を初めとする様々な指導を受けながら、上記のとおりいずれも軽視し得ない本件各非行に至ったばかりか、中等少年院仮退院直後の前件非行によって少年鑑別所送致決定を経て在宅試験観察に付され、自力更生の機会を与えられ、しかも、有機溶剤の吸入等の再非行及び頻回転職等の問題を不問に付されて不処分決定を受けたのをいいことに、その直後から怠業のまま退職し、自傷事故によって就労が不可能であったことは責められないとしても、その一方で不良交友を続けて甚だしく遊興的な生活を送る中で、有機溶剤の吸入を再発するに至った少年の現状を放置することは相当でないといわざるを得ない。また、少年が、初等及び中等の各少年院に送致された当時に比し、最近においては重大な非行を頻発するに至っていない点は評価し得るとしても、本年末には成年を迎えるとともにB子との婚姻も考えようという立場にありながら、なお上記のような生活態度を続ける少年に対しては、現時点において矯正教育を加えて根本的な改善を図るべき余地が少なからず残されているものと認められる。そして、少年は、審判廷において反省及び自力更生の弁を述べるけれども、従前の上記経過に照らすと、それらが現状のままの少年によって実行、継続されることを期待するのは困難であるといわざるを得ず、結局、今般少年をその更生と将来のために少年院に送致することは必要かつやむを得ないものというべきである。

7  送致するべき少年院の種類

少年を送致するべき少年院の種類については、上記2のとおり、少年が2度にわたる少年院送致歴を有するばかりか、中等少年院送致決定によって収容された東北少年院において、初等及び中等少年院における最高水準の処遇課程ともいうべき職業訓練課程での処遇を受けながら、反則行為を起こして収容期間が長期化し、更に、その仮退院後も生活態度の根本的な改善に至らずに本件各非行に及んだ経過に照らすと、少年を特別少年院において教育する必要があると認められる。

(結論)

以上のとおりであるので、少年法24条1項3号及び少年審判規則37条1項後段並びに少年院法2条4項を適用し、少年を特別少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 高橋徹)

〔参考〕抗告審(東京高 平2(く)95号 平2.4.17決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年及び法定代理人親権者父U・Mが提出した各抗告申立書に記載されたとおりであるから、これらを引用するが、所論は、要するに、少年を特別少年院に送致した原決定の処分が著しく不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件各非行は、少年が普通乗用自動車を運転して左折する際、予め左側に寄らず、かつ、左後方の安全確認を十分に行わなかったため、左側方を進行してきたA(当時18歳)運転の自動二輪車の右側面(原決定中「左側面」とあるのは訂正されるべきである。)に自車の左前部を衝突させて、同人に加療約2箇月を要する右腓骨骨折(原決定中「左腓骨骨折」とあるのは訂正されるべきである。)等の傷害を負わせたほか、吸入目的でトルエン約665ミリリットルを所持していたという事案であるところ、原決定が「処遇の理由」中で詳細に説示する諸事情、とりわけ本件各非行の内容、少年の性格、非行歴、最近の生活状況及び保護者の監護能力等にかんがみると、現時点においては、少年が本件を含めこれまでの生活態度を反省し、更生の気持を有するに至っていること、同棲中の婚約者が妊娠し、本年10月には出産の予定であること、保護者ら周囲の者も少年の自立に助力する意思を有していることなど、少年のために斟酌できる事情を十分に考慮してみても、この際、少年に対しては、専門的な指導のもとに、社会人としての自覚と健全な生活適応能力を養うことが必要であると思料される。従って、少年を特別少年院に送致した原決定の処分は相当であって、これが著しく重いということはできない。なお、少年の所論のうちには、警察官や調査官の調査、取調べ方法に関し、不満を述べる部分もあるが、関係記録を調査しても、原審の審判手続、事実認定等に違法、不当を窺わせるに足りる状況はこれを見出すことができない。論旨はいずれも理由がない。

よって、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 横田安弘 裁判官 宮嶋英世 井上廣道)

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